OPNDR特定非営利活動法人 神経発達症研究推進機構 OPNDR

お問い合わせ

OPNDRの研究紹介1:自閉スペクトラム症を持つ成人の表情認知能力と言語能力は社会適応を予測する

2020.6.12

投稿者:管理者

研究の背景

自閉スペクトラム症(ASD)を持つ人の成人期の社会適応の個人差は、認知機能によって予測できることが知られています。ここでいう認知機能は、記憶力や注意力、視空間認知能力、言語能力といったものだけでなく、他者の感情の読み取りのような社会認知能力も含んでいます。ASDを持つ人への有効な心理学的介入法を開発するためには、認知機能のうちのどの能力が社会適応と密接にかかわっているのかを明らかにすることが重要だと考えられます。

 

研究方法

本研究では、ASDを持つ知的障害がない成人41名の認知機能と社会適応を評定して、その関連性を調べました。認知機能は心理検査などによって包括的に測定し、社会的転帰は日常の生活状況、就労ないし就学状況、友人関係や親密な関係性に関する情報を本人から聴取して評定しました。さらに、親や配偶者から協力が得られた30名を対象に、日本版Vineland-II適応行動尺度を用いて適応機能を評定しました。なお、ASDを持つ成人の社会認知の障害は、それ以外の認知・言語能力によって補償されうるという報告があるため、解析では、ASDを持つ人の社会適応、社会認知、その他の認知・言語能力という3者の関係性についても検討しました。

 

また、ASD群のうちの向精神薬を服用していない21名(ASD群)と、性別・年齢・IQに差がない定型発達者21名(定型群)の認知機能を比較し、ASD群の認知機能に定型発達者とは異なる非定型的な特徴がみられるかどうかを検討しました。

 

研究成果

調査の結果、表情認知検査(他者の顔写真が表している感情を判別する課題)と、言語流暢性検査(条件に合った単語を連続して想起する課題)の2つの心理検査の成績が、ASDを持つ成人の社会適応を最もよく予測し、Vineland-IIの適応行動指標における個人差の約半分を説明できることが示されました(図1)。この結果は、ASDを持つ人の場合、他者の感情を読み取ることが得意な人や、言語能力が優れていて言葉がスムーズに思い浮かぶ人は、そうでない人に比べて、成人期の社会適応が良好であったということを意味しています。

図1.結果の概略

 

認知機能に関する心理検査の結果について、表情認知検査と言語流暢性検査のASD群の成績は、定型群と有意な差が認められませんでした。その一方で、顔写真がごく短時間だけ提示される条件で瞬時に感情を判別する検査では、表情認知の成績は定型群より有意に低くなりましたが、その課題成績は社会適応とは関連が認められませんでした。これらの結果から、ASDを持つ人の社会適応において重要なのは、他者の感情を自動的な情報処理によって直感的に読み取る能力ではなく、顔に表現された情報を何らかの方略によって分析し、感情を正確に判別するスキルであると考えられます。

図2. ASDを持つ人における社会適応、表情認知能力、言語能力との間の予測関係

 

さらに、社会適応と表情認知能力(社会認知)、言語能力(その他の認知・言語能力)との3者関係について検討した結果、表情認知能力は言語能力と社会適応との間の予測関係を媒介しているという関係性が示されました(図2)。その一方で、この表情認知能力と言語能力との間の密接な関係は、定型発達者では認められませんでした。この結果は、ASDを持つ人の感情認知における情報処理には、定型発達者とは異なる非定型的な特徴があり、そこには言語能力が関与しているということを示唆しています。言語能力が高い人は、表情の特徴を言語的に分析するような方略を用いているのかもしれませんし、または、表情に随伴した発言や文脈を分析して感情理解に役立てているのかもしれません。そうした方略を用いて感情認知の障害を補償するスキルを身につけていることが、ASDを持つ人が社会で適応する上で有利に働くのではないかと推測されます。

 

 

今後の研究について

本研究の結果は、感情認知をターゲットにした心理学的介入がASDを持つ人の社会適応の促進に役立つ可能性を示しています。今後は、感情認知能力の改善に役立つ社会認知トレーニングの開発とその効果検証に向けて研究を進めていく予定です。なお、本研究では、ある一時点で社会適応と認知機能を測定してその関係を検討しました。表情認知能力や言語能力によってその後の社会適応を予測することができるかどうかを検証するために、今回の研究参加者を追跡し、数年後の社会適応の状況を調査する予定です。

 

論文情報

Otsuka, S, Uono, S, Yoshimura, S, Zhao, S, Toichi, M. (2017). Emotion perception mediates the predictive relationship between verbal ability and functional outcome in high-functioning adults with autism spectrum disorder. Journal of Autism and Developmental Disorders, 47(4), 1166 – 1182. [本文はこちら]

 

(執筆者:大塚貞男(京都大学))

RERATED POSTSこんな記事も読まれています

PageTop